海外渡航

2024-09-03マラリア

マラリア

概要

マラリアはマラリア原虫Plasmodium spp.が原因の感染症です.アフリカ・アジア・南米の熱帯地域を中心に,一部の温帯地域も含めて世界各地に分布しています.マラリアによる死亡者の大半がアフリカの5歳以下小児であり,次世代を担う幼い命を多数奪う深刻な感染症です.感染の制御,排除,根絶に向けて世界的な取り組みが続いています.

病原体・感染経路

マラリア原虫Plasmodium spp.は多種の脊椎動物に感染する病原体です.ヒトのマラリアは,ヒトのみに感染する4種(P. falcuparum熱帯熱マラリア,P. vivax三日熱マラリア,P. malariae四日熱マラリア,P. ovale卵形マラリア)およびサルとの間で人獣共通感染する数種のサルマラリアが知られています.サルマラリアで最も頻度が高いのはP. knowlesiです(※knowlesiは英語圏では一般に「ノウルザイ」と発音されますが,「ル」が殆ど聞き取れず「ノウザイ」のように聞こえます).
マラリアは蚊媒介感染症であり,ハマダラカ属Anopheles spp.の複数種の蚊が媒介します.蚊媒介以外の感染経路はありません.ハマダラカは熱帯に限らず日本も含めて温帯や寒帯にも広く分布しており,ハマダラカ生息域では輸入例から土着感染へと拡大する危険性が常にあります.

疫学

世界全体のマラリア報告数の殆どは熱帯熱マラリアで,アフリカ(サブサハラ,サハラ以南地域)におけるマラリアのほぼすべて,他の地域でも多くが熱帯熱マラリアです.三日熱マラリアは主にアジア,南米で発生し,四日熱・卵形の各マラリアはどの土地でもかなり稀です.サルマラリアも頻度としては稀ですがほぼすべてが東南アジアで発生し,特にボルネオ島(マレーシア・インドネシア)に集中しています.
2022年は85ヵ国から報告があり,患者は推計で年間2億4千900万人,うち死亡が60万8千人で,死亡者の7割がアフリカ(サブサハラ)の5歳以下小児です.
マラリアは日本にもかつて蔓延しており,琵琶湖南岸を中心に全国各地で発生していました.屯田マラリア(北海道)や戦争マラリア(沖縄・八重山諸島)などの歴史的に重要な発生地もありましたが,1960年代を最後に土着感染の報告はなく,以後は輸入例のみです.現在は感染症法上の四類感染症(全数報告疾患)であり,近年の輸入例は年間40-60例程度です.

症状・経過

ハマダラカの刺咬によってヒト体内に侵入したマラリア原虫は血流によって肝臓に到達し,肝細胞内に侵入して増殖を開始します.この間は無症状で経過する潜伏期間に相当します.
1週間~1ヶ月程度かけて肝細胞内で増殖したマラリア原虫は肝細胞を破壊して血中に再度出現し,次に赤血球内に侵入します.マラリア原虫は赤血球内で成熟・形態変化した上でさらに増殖し,赤血球を破壊して血中に出ると次の赤血球に再び侵入します.

赤血球に感染する時期が臨床症状の発症期で,発熱,頭痛,全身倦怠感,赤血球破壊による貧血,低血糖,肝細胞破壊による肝障害(肝酵素逸脱)および脾腫等の全身性症状を呈します.発熱は赤血球の破壊のタイミングで生じますが,三日熱,四日熱,卵形およびP. knowlesiの各マラリア原虫は赤血球破壊のタイミングが同期するため発熱も周期性(概ね1日~3日ごと)を示すのに対し,熱帯熱マラリア原虫は赤血球破壊がバラバラに起こるため発熱に周期性はありません.マラリア原虫侵入によって大量の赤血球が破壊されるため,発症から数日で顕著な貧血に至ります.脾腫は感染赤血球が脾臓内で欝滞するため生じます.

マラリア原虫は侵入した赤血球を変形させますが,特に熱帯熱マラリア原虫が侵入した赤血球は特異な変形によって血管内皮に吸着しやすくなります(sequestrationと呼ばれます).微小血管内で赤血球が大量に内皮に吸着すれば血栓塞栓を生じ,脳内で起きれば微小脳塞栓が多発します.脳マラリアと呼ばれる重篤な脳症で,治療が遅れると致死率が上がります.脳マラリアは三日熱マラリア原虫でも生じることがありますが,その他の原虫では稀です.Sequestrationは腎でも生じ,急性尿細管壊死から急性腎障害を引き起こして致死的となります.眼球で生じた場合は網膜出血や乳頭浮腫を起こし,視力低下・失明リスクにつながります.妊婦の胎盤でsequestrationが起きると胎児への酸素・栄養供給が低下し,児の低出生体重や死産・新生児死亡リスクが上がります.

診断

血液中のマラリア原虫を証明することで診断します.古典的な顕微鏡検査(ギムザ染色)は現代でも最も重要な検査法であり,形態学的な原虫種の同定および赤血球寄生率の算出による重症度の推定に有用です.
少量の血液を用いて10数分で結果が出る迅速検査法も海外では多数市販されており,ギムザ染色鏡検に比較した製品ごとの感度・特異度をWHOが調査・発表しています.
ただしサルマラリアはヒトマラリアとの顕微鏡的鑑別が困難なことが多いため,推定感染地域などからサルマラリアを疑う場合はPCR法など遺伝子学的検査による鑑別も重要です.

治療

治療は熱帯熱マラリアとその他のマラリア(非熱帯熱マラリア)で大別されます.
熱帯熱マラリアはアルテミシニン併用療法(artemisinin-based combination therapy; ACT)で治療します.アルテミシニンと呼ばれる化合物の誘導体(複数あります)1種類とその他の抗マラリア薬1種類を組み合わせることで,古典的な治療法に比べて飛躍的に治療成績が向上し原虫の耐性獲得も回避できるようになりました.現在では複数の組み合わせが推奨されています.
非熱帯熱マラリアはクロロキンという古典的な薬剤で治療可能です.ただし東南アジアの一部にはクロロキン耐性三日熱マラリアが分布しており,その地域でのマラリア感染には上記のACTを用います.
また非熱帯熱マラリアのうち三日熱および卵形マラリアは,クロロキン等による治癒後も原虫が肝臓内で生き残ります(休眠体と呼ばれる状態で肝細胞内に潜伏する).休眠体は数ヶ月後~数年後に再発しうるため,急性期治療後に休眠体を駆除するためにプリマキンを投与します.プリマキンはアフリカ等で高頻度のグルコール6リン酸脱水素酵素(G6PD)欠損症者で重篤な溶血性貧血を生じるため,G6PD患者の再発予防治療にはごく小用量のプリマキンを長期投与するか,再発を許しその都度急性期治療のみを行うかを選択します.

予防

先述のとおり熱帯地域の小児の命を多数奪う疾患であるため,ワクチン開発が数10年にわたって試みられてきました.しかしウイルスや細菌と異なり非常に複雑な生活環を持つ原虫であるため,効果の高いワクチン開発は困難を極めます.
RTS/Sと呼ばれる原虫タンパクをターゲットにしたワクチンが近年ようやく一定の効果を示すとわかり,熱帯地域のアフリカ諸国で小児向けワクチンとして導入され始めました.乳児期に接種して4-5歳に至るまでの熱帯熱マラリア阻止が40%前後と,他のワクチンに比べると決して高い効果とは言えませんが,それでも流行地域の小児に広く接種することで全体の死亡数を確実に減少させることができます.
非流行地域からの渡航者にとって上記ワクチンはいわゆるトラベルワクチンとして十分ではなく,抗マラリア薬の定期内服が古典的に使用されています.日本でもメフロキン(メファキンⓇ)およびアトバコン/プログアニル合剤(マラロンⓇ)が流行地域渡航時の予防内服用に承認されており,渡航外来等で処方が可能です(健康保険適用外のため自費).正しく定期服用することで渡航中マラリア感染を概ね90%程度予防できます.

世界での対策

WHOをはじめとする諸機関・諸団体が連携し,マラリア根絶に向けた努力が20年以上にわたって続けられています.
サルマラリアを除く古典的な4マラリア(熱帯熱,三日熱,四日熱,卵形)はヒトのみの感染症であり,三日熱・卵形の休眠体を除いて無症状や長期の潜伏感染は生じないため,理論的には根絶可能とされます.効果的なワクチン開発による総患者数の減少に加え,媒介蚊であるハマダラカを制御することで,マラリア根絶を目指しています.ハマダラカの制御は,生息域や活動域をターゲットにした個体数減少,ヒトが刺されないようにするための就寝時の蚊帳の普及などを組み合わせて行います.
2023年時点のWHOの目標は「2030年までにマラリア罹患者数および死亡数を対2015年比で90%減少させること」です.しかし2022年時点では罹患者数も志望者数も対2015年比でわずかに3-6%低下したのみでした.2020年初頭からはじまった新型コロナウイルスパンデミックが,各国のマラリア対策資金の一時的引き上げ・減少をもたらし,結果的にマラリア対策が後手に回ったことが影響しています.
マラリアは,未だに年間数10万人もの小児の命を奪う深刻な疾患です.日本も含む世界全体の連携により一日も早く子ども達の命が守られる日が訪れるよう,努力が続けられるべきです.

日本のプライマリ・ケアとの接点

先述のとおり,日本のマラリア輸入は年間40-60例と少なく,一般的なプライマリ・ケアで接する機会は極めて稀でしょう.しかし決してゼロではありませんので,プライマリ・ケア外来で発熱患者を診療する際は,直近1-2ヶ月以内の海外渡航歴をルーチンで聴取してください.マラリア流行地域への渡航歴がある場合は必ず鑑別疾患に加え,疑わしければ感染症科を含む専門医療機関に積極的に紹介してください.
直接診る機会がなくとも,「熱帯地域で毎年数10万人の小児の命を奪っている感染症」であることを,また「理論的に根絶可能であるが,そのためには世界的な連携が欠かせない」ことを,どうぞ知ってください.そして,もし何かのかたちで根絶に貢献できる機会があれば,是非とも力をお貸しください.

参考サイト・文献

参考Poespoprodjo, J. R., Douglas, N. M., Ansong, D., Kho, S., & Anstey, N. M. (2023). Malaria. The Lancet, 402(10419), 2328–2345. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(23)01249-7
World Health Organization. (2023). World malaria report 2023.
https://www.wipo.int/amc/en/mediation/

World Health Organization. (2021). Guideline WHO Guidelines for malaria - 16 February 2021. http://apps.who.int/bookorders.

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